「こっちに戻って来て8年経ちますが、今もまだ修行の身ですね」
そう話すのは、Uターンののち、祖父が営む奥州市江刺区の「江刺菊池農園」で働く佐藤洋平さん。
高校時代から農業の道に進むことを決めていた佐藤さんは、地元の農業高校を卒業後、野菜の栽培技術を学ぶため滋賀県の農業専門学校に進学。専門学校での生活はかなりハードで、30ヘクタールにもなる圃場の端から端までを、鍬やスコップを担いで走り回る毎日だったと振り返ります。
「山の中腹にある学校で、2年間、実技をぎっちり習いました。体力的にはすごく厳しかったけど、楽しかったですね」。野菜を育てる難しさとやりがいを感じながら、農作業に必要な体力と技術、仕事として本格的に農業をやっていく自信を身につけました。
専門学校を卒業後、佐藤さんは地元に戻り江刺菊池農園に就職。ところが、菊池農園がメインに取り扱っているのは、学校ではあまり習わなかった野菜の育苗。栽培はもちろん、鍬の持ち方ひとつまでもが異なる農園での仕事は、スムーズにはいきませんでした。
「育苗とは、野菜の赤ちゃんを育てること。少しの変化や兆候を見逃さないよう、常に苗を見ながら温度や水分などの調整をしないといけない。たった30分油断しただけで、ハウス1棟分の苗を全部ダメにしてしまう可能性もあるので、とても気を遣います」
1棟のハウス内にトマト、ナス、キュウリなど、5〜10種類の苗を育てている菊池農園。成育に最適な環境も手のかけ方もそれぞれ異なる上、地元の産直(農産物の直売所)にも苗を卸しているため、苗の生育を意図的にずらし、植えどきの苗を常に提供できるように管理する必要もあります。
「苗の成長がひと揃えになってしまうと、販売できる時期も一度きり。それでは産直に苗を買いに来るお客さんが困ってしまうので」と佐藤さん。野菜ひとつひとつの特徴に合わせ、目に見えない変化を肌感覚で捉えることが「育苗農家」への第一歩でした。
また、2年ぶりに地元に戻った佐藤さんにとって、周囲を取り巻く環境にも大きな変化がありました。
「専門学校にいたのは同年代の男子ばかり。みんな力仕事はお手のもので作業のスピードも早い。対して、農園に働きに来ている人は、ほとんどが60歳以上。スピードや力は自分よりないかもしれないけれど、技術や作業の感覚、知識は格段に優れている大先輩。力仕事のときなどは頼りにされて嬉しい反面、その他は学ぶことばかりでした。専門学校時代とは違う作業のやり方に慣れるまで2年くらいかかりましたね」
「私たちの農園では、多い日には6000本もの苗を産直で販売しています。そのため繁忙期などの忙しい時期は苗の補充や水やりなどで売り場に付きっきりになります。するとお客さんから『にいちゃん、この苗ってどう育てたらいい?』『おすすめの品種ある?』など、栽培に関する質問を受けるようになったんです」
売場でのコミュニケーションから「産直に来るお客さんのほとんどは、家庭菜園用に苗を購入していて、栽培方法も独学の方が多い」というヒントを見出した佐藤さんは、マイクを手に栽培の具体的な手順や豆知識などを解説する「青空講習会」を開くようになりました。
「苗を売るということは、未完成の商品を売るということ。お客さんに育ててもらい、おいしく食べてもらうことで初めて『完成』するのだと考えています。だから、単に苗を売るだけではなくて、買った後の『その先』をフォローしたいと思いました」
佐藤さんのマイクパフォーマンスによる青空講習会は評判を呼び、今では同じ売り場に卸している他の農家との交流も増え、苗売り場全体を盛り上げようというムードが高まっているとのこと。
「食育は大人にも必要なんです。自分の手で育て、収穫して食べるということを、もっと多くの人に楽しんでもらえたらと思っています」と意気込みます。
仕事をする上での一番の喜びは、やはりお客さんからの声。「売り場で『にいちゃん、今年も来たよ!』と気軽に声をかけてもらえるのが一番の喜びですね」 と話す佐藤さん。ゆくゆくは独立して農園を継げるよう準備中だと話します。
そんな佐藤さんの趣味は、コーヒー、ジャズ、釣り。自宅で豆を焙煎しコーヒーを淹れたり、近所のジャズ喫茶で過ごしたり。釣りにもよく出かけ、特に農閑期の冬には、週に数回出かけることも。
「仕事だけでなく遊びも四季に結びついていますね。暑くなってきてブリが釣れるようになったなとか、寒さが厳しくなるとわかさぎシーズンだなとか。そうしていつも季節の変化を感じていることが、仕事にも還元されていると思います」
季節の移ろいを感じながら苗を育て、趣味を楽しむ。四季とともに働き、遊ぶ佐藤さんの暮らしは、これからも続いていきます。